こんにちはkadoです。WOTプレイ歴7年、WTR6000の中堅プレイヤーです。
今回はWOTの戦車の史実を解説して行きたいと思います。WOTやってるけど実は戦車のことよく知らならないんだよねという人に答えた企画です!(正直ネタに困った苦肉の策だよね。)第1弾はドイツのTigerI!(続くかどうかは「いいね」次第かな…)

はじめに
皆さんはTigerというとどういうイメージをお持ちでしょうか?WOTでは車体装甲の薄さやその形状から「豆腐」なんて言われることもあります。しかし、史実のTigerは当時としてはあまりに凶悪な性能をしていた戦車なんです。ものすごく簡単に言うとTigerの登場時期ってTier5辺りなんですよ。アメリカでいえばシャーマン戦車、ソ連ではT-34やKV-1、イギリスだとマチルダやチャーチルですね。この時代に88mm砲を搭載していて車体装甲100mmはとんでもなく強かったのです。
当時の基準でいえば連合軍は初期砲のみでTigerと戦う感じです。(最終砲は近代化改修みたいなものなので大戦初期の頃にはないはずです。)しかも体力なんてものはないです。88mm砲は1発貫通弾を食らえば即死です。なんならTigerが複数で行動している可能性もあります。とまあTigerの強さを当時の基準で話すならこんな感じになると思います。
第二次世界大戦の中でもこれほどの傑作戦車はそうはいないです。人気の凄さがうかがえますね。私も大好きです。WOTでTier7にいるのは恐らくバランス調整ですね。こうでもしないと皆Tiger乗っちゃいますからね。Tiger131がTier6なのは良いバランスだと思います。良く使いますね。
ティーガー戦車開発の経緯
時は1942年。独ソ戦が始まって1年後くらいです。ドイツでは陣地突破用重戦車の製作が求められていました。開発を担ったのはヘンシェル社とポルシェ社。(ポルシェはヒトラーのお気に入りで直々に開発を命じたのだとか)同年4月20日のヒトラー53歳の誕生日に、ラステンブルクにおいてヒトラーの前で性能試験が行われました。ポルシェ案のVK4501(P)(Tiger (P) ポルシェティーガー)は故障の多かった変速機を省略するため、エンジンで発電機を回してモーターを駆動する電気駆動方式(ほぼハイブリッド自動車じゃん)を採用したためヒトラーは高い関心を示していました。

しかしこれは理論上は高いトルクと応答性を実現する一方で冷却系トラブルが多発し、エンジン、モーター共に出力不足による加熱が酷く、さらにはモーターには不足していた銅を大量に必要とするのもあって完全ではないものの総合的に優れていたヘンシェル社の案が採用されることになります。
面白いことにポルシェ社のフェルディナントポルシェ博士はポルシェティーガーの採用は間違いないと確信して合否の前から車体を大量に作ってしまったそうです。そしてこの車体を利用して作られたのがドイツTier8駆逐のフェルディナントだったりします。(WOTで車体を見てみると良く分かります)これも史実ではかなり無双しているのですがまた別の機会に紹介しようと思います。
Tiger (P)はWOTでは存分に性能を振るえるので是非使ってみて下さい。装甲があって結構強いですよ。
余談ですがガルパンで初めてポルシェティーガーが登場したときに秋山殿が「地面にめり込んだり、加熱して炎上したり、壊れやすいのが難点ですが…」というセリフを言いますがこれは性能試験でのお話が元です。あとは最終話で西住姉妹対決の時間稼ぎにポルシェティーガーが仁王立ちするシーンでエリカ副隊長が「何をやっているの!失敗兵器相手に!」とか言ってますね。あの時のポルシェティーガーめっちゃかっこよかったですね!
ティーガーの主な戦歴
ティーガーIは1942年8月29日に初めてレニングラード近郊のムガにおける戦闘で使用されました。ヒトラーの圧力で計画より数ヶ月も早く使用されたため、初期型の多くは機械的な問題を抱えたままでした。
1942年9月23日の初陣で、投入されたティーガーIの4両は全てが湿地にはまり込み、ソ連のトーチカに据えられた対戦車砲により撃破されました。うち3両は回収に成功したものの、1両は回収不能となってしまいました。これは爆破処分されましたが鹵獲され、ソ連に同戦車を研究し、対抗手段を準備する機会を与えてしまいました。ティーガーの初登場は残念な結果だったみたいです。
続いて北アフリカ戦線での最初の戦闘では、ティーガーIは開けた地形で米英連合国戦車を圧倒しました。しかし機械的欠陥により、同時に投入できたティーガーIの台数はごく少数でした。レニングラードでの経験をなぞるように、少なくとも1両のティーガーIはイギリス軍の6ポンド対戦車砲により撃破されたそうです。このあたりからティーガーが少しずつ活躍を始めますね。
クルスクの戦いには、ティーガーIがある程度まとまって投入されました。1943年7月7日、SS第1戦車連隊第13中隊第2小隊のフランツ・シュタウデッガー軍曹が指揮する1両のティーガーIは、テテレーヴィノ付近でソ連軍のT-34約50両との遭遇戦闘において約22両を撃破という大戦果を挙げます。シュタウデッガーは弾薬を使い果たし、敵の残車両は退却したそうです。この戦果でシュタウデッガーは7月10日に騎士鉄十字章を受章しました。
1944年8月8日、SS第102重戦車大隊第1中隊のヴィリー・フェイ曹長が指揮するティーガーIは、西部戦線でイギリス軍第11機甲師団と遭遇しました。彼はシャーマン戦車14両、装甲車12両、対戦車砲1門を撃破し、弾薬が尽きたところでフェイ曹長は別のティーガーIから主砲弾を調達し、同日中にもう1両を撃破して計15両のシャーマンを撃破。同戦車大隊はノルマンディーの戦いで保有するティーガーI全車を失ったが、227両の連合軍戦車を6週間の内に撃破するという偉業を成し遂げました。
Tiger戦車に乗った戦車長は10名以上が100両以上の敵戦車を破壊したそうです。一例を挙げるとヨハネス・ベルターは139両以上、オットー・カリウスは150両以上、クルト・クニスペルは168両以上、ミハエル・ヴィットマンは138両以上、ヴァルター・シュロイフは161両以上、アルベルト・ケルシャーは100両以上を撃破した。これだけでもTiger戦車がいかに優れた戦車であったかが良く分かりますね。
Tigerてどれくらい固かったの?
ティーガーIは、主な敵戦車であるT-34、M4中戦車、チャーチル歩兵戦車を1,600メートル以上の遠方から撃破できました。反対に、76.2mm砲を装備したT-34はティーガーIの前面装甲を0距離でも貫徹できなかったそうです。一応側面装甲はBR-350P APCR弾を使用すればおよそ500メートル以内で貫けたそうですが、そこまで発見されずに側面を取るのは難しそうです。T-34-85中戦車の85mm砲であればティーガーIの正面装甲を500メートルで貫通できたそうですがそれでもやはり500mなのでTigerが圧倒的に有利ですね。IS-2の122mm砲になってようやくティーガーをあらゆる方向から1,000メートルで撃破することができたようなのでやっと釣り合いが取れてきましたね。これがWOTでTigerがTier7にいる理由だと思います。
お次はアメリカです。M4シャーマンの75mm砲はティーガーIの正面装甲を接射でも貫けず、側面装甲も300メートル以内でないと貫けませんでした。アメリカ軍の76mm砲でも、一般的なAPCBC弾を使用した場合、いかなる距離でもティーガーIの前面装甲を貫けませんでしたが、供給量の少なかったHVAP弾を使用すれば1,000メートルで前面装甲を貫けたそうです。これはすごいですね。WOTでいうプレミア弾ですね。そんなシャーマン戦車ですが、生産数と機動力では勝っていたのでTiger戦車と戦う時は1~2両が囮になり、その隙にほかの味方が左右に回り込み側面や背面を攻撃して倒していたそうです。かなり怖くないですか?実際に「シャーマン5両でTiger1両を倒せる。だが、4両は失う」というジョークまであるそうです。
そしてイギリスです。チュニジアの戦いではイギリスが当時主力で使っていた2ポンド砲や6ポンド砲ではまるで歯が立たず一番危機感を募らせていました。そんなイギリスはレンドリース法により供与されたシャーマン戦車に自国で強力な17ポンド砲を載せようとしてました。その結果、かなり無理やりできたのがシャーマンファイアフライです。この17ポンド砲のAPDS弾を使用した場合、1,500メートル以上でティーガーの前面装甲を貫けたそうです。(さすがイギリス!お前はすげえよ。)
ちなみにイギリスは当初クロムウェルに17ポンド砲を載せようとしていたのですが無理だったらしく、クロムウェルをベースにしたイギリスTier7駆逐であるチャレンジャーを開発しようとするも難航したそうです。
おわりに
戦車解説ってなったらドイツは盛り上がりどころですよね。Tiger2の方が強いのですが登場が遅すぎたのと生産数が少なかったりであまり活躍してないんですよね。なのでTiger1の方を今回は採用しました!次回はソ連から何か解説しようかな。それではまた!
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